「さ、早く行きなさいよ」 そう言って、ぽんと背中を押してくれたあの力は、なによりの激励に感じた。 インターホンを押しても名前を呼んでも、返事は返ってこなかった。まだ帰ってないのだろうか、そう思いながらもドアノブに手をかけて回してみると、扉はいとも簡単に開いた。 「……イエロー?」 カギのかけ忘れか?まだ明るい時刻だが、明かりの点いていない室内は少し薄暗い。眉根を寄せて扉をくぐると、部屋の奥、開け放されたドアからチュチュが駆けてきた。そしてレッドの足にすり寄る。 「こんにちはチュチュ」 挨拶をすると、チュチュは嬉しそうにレッドを見上げる。そしてすぐにピカと一緒に、ドアの外へ駆けていった。 二人を見送り、さて今からどうしようと考えて、レッドはふと気がついた。チュチュがいるということは、イエローもいるのか。 扉を閉めて、チュチュが出てきた部屋へ足を向ける。南向きのその部屋には、イエローのベッドやソファが置いてある。窓から日の光が入ってくるため、彼女の家の中で一番明るい部屋だった。その部屋に、彼女はいた。 「……不用心」 ソファの上でイエローは寝息をたてていた。日の光をその体に受け、日向ぼっこ並みの温かさを感じているだろう。 イエローは確かによく眠る。だが、いくら昼間だからと言っても、鍵もかけないまま奥の部屋で昼寝をするなんて警戒心がないにも程がある。もしかして、チュチュが護衛役をしていたのだろうか。そう考えるとおかしくて、レッドは人知れず笑みを浮かべた。 小さく息をつくと、ベッドの上のタオルケットを引っ張り、イエローにかけた。その感触でか、イエローは呻くような小さな声を出したが、起きる気配はなかった。また規則的な寝息が聞こえてくる。 日の光が当たり、彼女の髪はきらきらしていた。イエローはこちらに顔を向け、横向きに眠っている。そんな彼女の頬にかかる髪をレッドは払った。そしてそのまま梳いてみると、日光によってイエローの髪はふんわりと温かくなっていた。 どれくらい前から眠っているのだろう?手を頬に滑らせてみると、頬も同じくらい温かい。そのとき、その頬にうっすら涙の跡があることに気付いた。 「ねえレッド、あんた、まだイエローには言ってないって言ったわよね?」 会話が一段落してから、おもむろにブルーは訊ねる。レッドは頷いた。 「イエロー、さっきあそこの木の陰にいたわよ」 「……はっ?」 驚いてレッドは後ろを向く。 「そうね…あんたが話し始めてすぐくらいかしら。ちょうど「家を出ようと思う」辺りのときにイエローが驚いたみたいにそこに隠れるの、見ちゃったのよねぇ」 頬に手を当て、苦笑気味にブルーは言った。 「そ…それで、」 「確かレッドがその後「まだ」って言ったくらいのときに、走っていっちゃった」 「なんで早く言わないんだよ!」 ブルーの言っていることが正しいのなら、それは何分も前ということになる。 「あら、だってまだ心の準備出来てなかったでしょう?それに話を途中で遮るのも悪いかと思って」 にやにやと、彼女特有のあの笑みを浮かべながら、飄々と述べる。 「……でも、もう大丈夫よね?」 顔をしかめてブルーを見ると、どこか楽しそうに笑んでいた。けれど、つい先程までのにやにや笑いとは違う。 「さ、早く行きなさいよ」 そしてそう言って、ブルーはレッドの背中を押した。 ブルーが「イエローは聞いていた」という言葉は、実のところ半信半疑だった。そうタイミングよくイエローが現れて、タイミングよく話の一部を聞いてしまうことなどあるだろうかと思った。 けれど、今目の前で眠っているイエローが、泣いていたらしいことは確かである。レッドはイエローの頭を撫でた。温かい髪を梳くと、さらさらとそれらが手を滑り落ちる感触。 「……う、…」 声と共に、イエローは身動いだ。しかしやはりすぐに落ち着いて、室内は彼女の呼吸の音だけになる。レッドは、横から天井を向いたイエローの頬に手を当てた。 そして静かに、微かにそっとその唇へ口付けた。 ← → top 07,01,29 予想外に恥ずかしい |
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