夢を見た。旅をしていたあの頃。一度きりしか会ったことはなかったけれど、必死になって追いかけていたあの頃の夢。


もし神さまという存在がいるのなら、意地の悪い人に違いない。
憧れて、追いかけて、ようやく見つけて出会えた。ようやくようやく追いついたのだ。それなのに、また離れてしまう。折角その姿を見つけることができたのに、もうすぐ見えなくなってしまう。


ただのわがままだって分かっている。けれどあまりにも神さまは意地悪だ。なにか恨みでもあるのだろうか?


あの頃は良かった。頑張れば、走り続ければ、きっと会えるきっと追いつくと信じていたから。もしも今また離れていってしまったら、もう、あの頃のように追いかけられる自信はない。


寂しいな、とイエローは思った。ふわふわとはっきりしない意識の中で。
それでもぼんやり、温かい場所にいることは分かった。太陽の優しい匂いがする。




ふ、とイエローは目を覚ました。二三度、ゆっくり瞬きする。太陽の光をいっぱいに受けたソファの上。その太陽はだいぶ傾き、壁を照らしている。


微睡みそうになる目を擦り、体を起こした。そして自分の体にタオルケットがかけられているのを見て、ようやく眠っていたのだということに気付いた。


いつ頃家に帰ってきて、どれくらい前に眠ってしまったのかは分からないが、ぼんやりする頭に手を当て、おそらく一時間以上は眠っていただろうと思った。
なぜタオルケットがかかっていたのかも分からない。自分で持ってきたのだっけ?寝ぼけてベッドから引っ張ってきたのだろうか。しかしそれにしては、きれいに整えられている。


「ああ、起きた?イエロー」


それまで物音一つしなかった室内に声が響いた。驚いてイエローは顔を上げる。本を片手に、ドアの向こうからレッドが顔を覗かせていた。


「……え、あれ?レッドさん…?」


きょとん、とイエローは呆けた。そんな、イエローに、レッドは笑う。


「おはよ」


「お…はよう、ございます」


時計は夕方の四時半を指し示していた。そのとき、レッドの足下をすり抜けて、ピカとチュチュが部屋へ飛び込んできた。そして勢いよくイエローの膝の上へ飛び乗る。


「二人とも、充分に外で遊んできたみたいだぞ」


レッドは二人がかりかりとドアを引っ掻く音を聞き、扉を開けに行っていたのだ。それまではイエローのベッドに腰掛けて本を読んでいた。さすがに、眠っているイエローを押し退けてソファに座るなどできるはずもない。


「イエロー、鍵かけ忘れてただろ。もう少し用心しろよ」


「……あっ」


そういえば、家に入って鍵をかけた覚えがない。


「す、すみません。……もしかして、それでレッドさんボクが起きるの待ってくれてたんですか?」


寝ている家主のかわりに留守番役のようなものをしてくれていたのかと、イエローは狼狽えながら謝る。


「遠慮なく起こしてくれて良かったんですよ!……そういえば、お茶、お茶飲みますよね?すみません、今淹れて…」


ピカとチュチュを傍らに座らせ、タオルケットをのけてから、慌ててイエローは立ち上がった。が、彼女の肩に手を置くとレッドは再びソファに座らせる。


「……ちょっと、話あるから、座ったまま」


やんわりと苦笑いに近い笑みを浮かべたレッドの表情に、イエローは胸がどきりと鳴ったのを感じた。不安や、嫌なことが目の前に転がってきたときに感じるのと同じものだった。


「いつ言おうかって、考えてたんだけど……」


そう言うと、一度レッドは息をつく。イエローは膝の上に置いた自分の両手に視線を落とした。その両手が震えそうになるのを、強く握りしめることで堪えた。


「……知ってます」


そして、ぽつりと呟いた。レッドはイエローを見下ろす。


「レッドさん、また外に行くんですよね。今日、ブルーさんに話してるの…ちょっとだけ、聞いちゃいました」


ぽつぽつと一つ一つ紡ぎ出すように言った。最後に「ごめんなさい」と付け加える。ブルーが言っていたことは本当だった。ブルーと話をしていたあのとき、イエローはあの場に居合わせたのだ。


「引き止めたりなんかしないので、安心してください。夢のために、そうしたいってレッドさんが思ってるって、ちゃんと分かってます」


小さな笑みを作り、イエローは顔を上げた。レッドは目を丸くしてイエローを見る。


「…だいじょうぶです」


何が大丈夫だと言うのだろう。本当は分かってないくせに、引き止めたいくせに、行ってほしくないくせに。物分かりの良い人間を演じている自分に嫌気が差した。けれどこうするしかないのだと思う。どんなことよりも、表情を歪められるような存在にはなりたくなかった。イエローは再び顔を俯かせる。


すると、それまで黙り込んでいたレッドが、腰を屈めてそれぞれの膝に両手を置いてイエローの顔を覗き込んだ。中腰で、目線の高さはソファに座るイエローとほぼ同じくらいだった。ふう、と溜息をつくと口を開く。


「……その話、実は続きがあるんだなぁ」


心なしかレッドの表情が優しい気がするのは果たして気のせいなのだろうか。


「置いていく、なんて、オレ言ってないよ」


イエローは笑みを消して眉根を寄せる。レッドの顔を見つめた。


「もし…オレが、一緒に行こうなんて言ったら、怒る?」


そう言ったレッドの言葉を理解するのには数秒を要した。


「……え?」


眉を顰めて、イエローはなおもレッドを見つめる。


「……だから、一緒に来てほしいってこと」


イエローは目を大きく開いた。


「……うそだ」


「いや…嘘じゃないんだけど…」


レッドは思わず苦笑する。


「え、なんで、なんで…ですか?うそだ…一緒にって…え?」


「なんでって」


おろおろと視線をさまよわせるイエローの左頬にレッドは右手を当てる。驚いて、ぴたりとイエローは動きを止めた。


「さみしいだろ」


張りつめたような、緊張したような表情のイエローに、レッドは笑む。理由なんてそれだけで充分だった。


「…いやなら、いいんだけど」


ゆっくり彼女の頬から手を離しながら、ぽつりと言った。またも驚いたのか、イエローは目を見開く。そして、すぐに首を左右に勢いよく振った。


「いやなわけ、な……」


再びレッドの目を見たイエローを見て、ああ、今にも泣いてしまいそうだとレッドは思った。ブルーに言われた言葉を破ってしまうかもしれない。


「…ついていって、いいんですか?」


「うん」


「…ずっと?」


「うん」


「……一緒に?」


「うん…一緒」


最後に一つ頷くと、レッドは抱きついてきたイエローをしっかりと抱き留めた。小さく震える彼女からは、お日様の匂いがした。


「……後悔しても、しりませんよ」


涙混じりの声。レッドは小さく笑った。


「後悔なんか、しないよ」


ブルーに怒られてしまうかもしれない。「泣かせるんじゃないわよ」と笑いながら言った言葉は果たせなかった。仕方ないかと思いながら、レッドは安堵の息を吐き出した。


「……断られなくてよかったよ」




「拉致って連れ去るくらいの勢いで行ってきなさい」


ブルーらしい言葉が思い出される。それじゃ犯罪者じゃないかと思ったが、なぜか言い返すことはできなかった。心のどこかに、それくらいのつもりがあったのだろうか?怖いなぁと人ごとのように考えながら、レッドは太陽の匂いを抱き締める力を少しだけ強めた。









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07,01,29






この三連作のおはなしを書いて改めて「妄想」の凄さを自分で思い知りました。(…)
あとイエは、レッドに置いて行かれるって知ったら、自分から絶対ついていっちゃうかもなぁって書きながら思いました。
とりあえず二人が幸せならなんでもいいです。


こんなに拙い物を読んで下さってありがとうございました!
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