どうして、どうして聞いてしまったのだろう。聞かなければ良かったのに。


「また、家を出ようかと、思うんだ」


つい数十分前、レッドがブルーに言っていた。久しぶりにチュチュを連れて、ブルーの家に遊びに行こうと家を出た。途中でブルーとレッドが二人で立ち話しているのを見つけ、声をかけようとしたそこまでは良かった。


次の瞬間に飛び込んできたのは、レッドのその言葉だった。


「やっぱりオレの夢はジムリーダーだし、ちゃんと力を付けることって必要だから」


「……今の自分には納得いってないってこと?」


咄嗟にイエローは木の陰に隠れて二人に背を向けたため、二人の表情は見えない。分かるのは、二人の声色と言葉だけ。
ブルーの問いに答えるレッドの声は聞こえなかったが、おそらく頷いたのだろう。次いで、ブルーの大きな溜息が聞こえた。


「私やグリーンはいいとして……イエローにはちゃんと言ったのかしら?」


イエローは自分の体が震えるのを感じた。胸を打つ音が早まる。早まらずとも答えは知っているのに。


「……まだ」


ぽつりと呟くように答えたレッドの言葉は、あまりにも寂しかった。レッドの表情が手に取るように分かるのだ。きっとその表情は歪んでいる。


思わずイエローはその場から離れていた。腕の中でチュチュは不思議そうにイエローを見上げていた。


「……ごめんねチュチュ、今日は、帰る……」


どうして聞いてしまったのだろう、聞かなければ良かったのに。
足早に家を目指した。早く帰りたい。


彼は行ってしまうのだ。いつまでも今のような毎日が続くはずはなかった。分かっていたはずなのに、ちゃんと分かっていなかった。


「夢」のために、それは応援するべきことである。頭では理解できた。けれど、心がついていかなかった。


行ってほしい。行ってほしくない。諦めてほしくない。諦めてほしい。引き止めたくない。引き止めたい。


勢いよくドアを開けると、部屋の中に駆け込んだ。チュチュを抱きかかえたままソファに座る。チュチュは心配そうにイエローを見上げていた。


「……ごめんねチュチュ、連れ回し、…」


ぽたりと雫が落ちた。


「まだ」だと言ったあの声が頭から離れない。
あんな声で言わせるなんて、枷になんてなりたくない。なりたくなかった。


本当は引き止めたい、離れたくない、寂しい、行かないでほしい。


けれど、あんな辛そうな声を出させるような人間には、存在にはなりたくない。


忘れろ、忘れろ。聞かなかったことにすればいい。全部、夢だったことにすればいい。嫌な夢。早く早く忘れればいい。それと一緒に「行ってほしくない」気持ちも全て消えればいい。書いた文字を消しゴムで消してしまうように。


「……なんで、……っ」


なのに、どうして今日に限って、「消しゴム」は働いてくれないのだ。どこかに、置き去りにしてきてしまったかのように。









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07,01,29
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